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2023年4月27日木曜日

国分寺・お鷹の道~湧水群、資料館、おたカフェ



快晴の夏日。国分寺・お鷹の道へ行く。
尾張徳川家の御鷹場に指定されていたことから「お鷹の道」と名付けられた遊歩道

遊歩道と湧水群と国分寺の史跡巡りということで、まずは携帯マップを頼りに歩き始めると、すぐに国分寺公園に辿り着く。

ルートは公園を左手に見つつ、そのまま真っすぐを示しているが、美しい新緑が目に留まり、中を抜ける道を探す。
花咲くトウカエデ


公園を通り抜け、
帰りの上り坂がちょっと心配になるくらい、階段をどんどん降りていくと、いきなり真姿の湧水群に到着。


湧水池に囲まれた真姿弁財天


緑に包まれ、暑さも和らいで気持ちがいい。

真姿弁財天にお参りして、囲まれたキラキラ光る湧水池を優雅に泳ぎ回る、番のカモをキャッチ。
錦鯉も。

真姿の池をはじめとする崖線下の湧水群は、 上記の「お鷹の道」と合わせた環境の良さを評価され、昭和60年に環境省選定名水百選のひとつに選ばれました。また、東京都の名湧水57選にも入っています。

池の西側に位置する国分寺には、『医王山縁起』というお寺の縁起が残されています。それによると、嘉祥元年(848)、不治の病に苦しんだ玉造小町が病気に苦しみ、病気平癒のために国分寺を訪れて21日間薬師如来を参拝しました。すると一人の童子が現れ、小町を池のほとりに案内し、この池の水で洗い清めるようにと言ってすぐに姿を消しました。小町が身を清めると、いつの日か病は癒え、元の姿(真姿)に戻ったそうです。この言い伝えによって、「真姿の池」と呼ばれるようになりました。

現在は弁財天が祀られています。(国分寺市HPより)


そのままお鷹の道に出て、国分寺跡資料館へ向かう。
沿道のカラーが見ごろ

外から見える旧本多家長屋門。
江戸時代末期に表門と先代の隠居所を兼ねて建築されたとのこと。
中に上がると、ひんやりと涼しい。

押入れの中の悪戯書き?が面白い。
誰かお仕置きで入れられたのか?それともここが部屋だったのか…

幕末から明治時代には、分家の本多雖軒(すいけん)が村医を開業して、教育や書画など多方面に活動する拠点として利用し、さらに大正時代以降には、建物を利用して養蚕を行っていた(パンフレットより)

国分寺跡資料館は、発掘された古代の土器や瓦など、国分寺市の今昔が分かる展示がされていて、ざっと見ただけだったが、江戸時代の日本地図で、武蔵国が意外に大きいことを始めて知った。
これだけ広いと、統治するのも大変だったんだろうなと、大好きな武蔵野の雑木林などの風景だけではなく、成り立ちや歴史をもっと学んでみたくなった。

お腹も空いて、長屋門の目の前の<おたカフェ>でランチ。



テラス席は風が通って気持ちいい。虫やアリに少々邪魔されはしたが。


帰りは国分寺駅へ向かう遊歩道を歩く。
公園経由だったので、今日行けなかった国分寺の僧寺・尼寺跡などへ、また近いうちに訪れるとしよう!